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平成3年12月11日
内閣総理大臣
関係各大臣 殿
地域改善対策協議会
会長 磯 村 英 一
今後の地域改善対策について(意見具申)
昭和40年に同和対策審議会が「同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本的方策」について内閣総理大臣に答申(以下「同対審答申」という。)し、「同和問題は人類普遍の原理である人間の自由と平等に関する問題であり、日本国憲法によって保障された基本的人権にかかわる課題である」ことを指摘して以来、四半世紀が経過した。この間、同対審答申を受けて昭和44年に同和対策事業特別措置法が10年の限時法として制定されて以来、同法の3年間の延長、それに引き続く地域改善対策特別措置法(以下「地対法」という。)、さらに昭和62年から地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(以下「地対財特法」という。)が制定施行され、これまで4度にわたる立法措置、23年間に及ぶ地域改善対策が講じられてきた。
これらの対策の推進により、同対審答申で指摘された同和地区の生活環境等の劣悪な実態は大きく改善をみ、同和地区と一般地域との格差は、全般的には相当程度是正され、また、心理的差別についてもその解消が進み、その成果は全体的には着実に進展をみている。
本協議会は、昨年12月、総務庁長官から、政府において最終の特別法として提案され成立した地対財特法が失効する平成4年度以降の方策について、昭和61年12月の地域改善対策協議会の意見具申(以下「61年意見具申」という。)の基本的な考え方に沿って、一般対策への円滑な移行を図るという観点から審議を行うよう求められた。
以来、本協議会においては14回にわたる総会を開催し、精力的に審議を進め、関係地方公共団体、民間運動団体・研究機関の代表から意見を聴取するとともに、事業の実施状況について現地視察をするなど、幅広く議論を行ってきた。なお、9月の総会で小委員会を設置し、議論を深めるとともに、論点を整理した。その間、本年7月24日には、平成4年度予算の概算要求を目前に控えているという事情も考慮し、それまでの審議を踏まえた会長談話を発表し、概算要求党について政府に要望した。
以上の議論を踏まえ、地対財特法失効後の地域改善対策について、本協議会は以下のとおり意見を具申することとした。政府におかれては、本協議会の意見を尊重し、同和問題の解決のため積極的に施策の推進に当たられるよう要望するものである。
1 地対財特法失効後の方策
現行の地対財特法は、地対法失効後においても、なお引き続き実施すべき事業を処理するための限時的立法措置であり、政府においては、一般対策への円滑な移行のための最終の特別法として位置付けている。この趣旨は、地域改善対策は、永続的に講じられるべき性格のものではなく、事業の迅速な実施によって、できるかぎり早期に目的を達成するということであった。
この5年間に、国及び地方公共団体が一体となって事業の推進に努力し、当初に予定した物的事業量6,442億円(国費)に対して6,309億円(国費)を投じて事業を実施した。しかしながら、政府の実態把握によれば、地元調整の難航、事業計画の変更等に伴い、住宅地区改良事業や地区道路整備事業、土地改良事業等について平成4年度以降の物的事業量が相当程度見込まれている。この残事業は、地域的な偏在があり、財政基盤が脆弱な地方公共団体にもみられる。
また、就労対策、産業の振興、教育、啓発等非物的な事業の面においてもなお今後とも努力を続けていかなければならず、これらのことから、直ちに一般対策へ全面的に移行することは適当ではなく、現実的でもない。
以上の状況を考えると、平成4年度以降においても、所要の財政措置を講ずべきであり、このため、現行法制定の趣旨を踏まえつつ、法的措置を含め適切な措置を検討する必要がある。
この措置を検討するに当たっては、次の基本的な考え方に留意すべきである。
@ 23年間にわたる特別対策は、同対審答申当時、同和地区及び同和関係者が本来適用されるべき一般対策の枠外に事実上置かれていたことを契機に始まったものである。また、国民に対する行政施策の公平な適用という原則からしても、できるかぎりに早期に目的の達成が図られ、一般対策へ移行することが肝要である。このため上記の措置は限時的なものとすべきであり、また、一般対策への円滑な移行のための仕組みを具体的に検討していくことが重要である。なお、残された物的事業については、より迅速かつ計画的な実施に努め、早期終結を目指すべきである。
A 今後の対策の対象となる事業については、これまでの対策の成果として同和地区の実態が改善され一般地域との格差が相当程度是正されてきたこと等に鑑み、基本的な見直しを行い、真に必要な事業に限定して特別対策を実施すべきであり、見直しの具体的基準については61年意見具申を参考とすべきである。
B 物的事業の実施に当たっては、関係各省庁においてその進捗状況を的確に把握する必要があり、そのための進行管理の方法について検討すべきである。また、地元調整や用地買収等の環境がより厳しくなるとともに、周辺地域との一体性、公平性が従来にも増して強く求められていることから地方公共団体は事業運営の厳格化と執行体制の強化について特に意を用いるべきである。
これまでの地域改善対策の効果を測定し、同和地区の実態や国民の意識等について把握することは重要である。政府においては、昭和50年、60年に全国的な調査を行ってきており、しかるべき時期に全国的規模の調査が行われるものと考えられるが、その際、調査結果の客観性を保証できる実施体制、方法等について慎重かつ早期に検討すべきである。また、これらのことや今後の地域改善対策の在り方について審議する機関が引き続き必要であると考える。
2 今後における施策の重点課題
今日、物的事業が相当進捗し、これからは就労対策、産業の振興、教育、啓発等非物的な事業に重点をおいた施策の積極的な推進が重要な課題であると考える。行政、学校、企業、民間運動団体その他の各種団体が、こうした変化を踏まえてそれぞれの役割を十分果たしていくことが肝要である。また、童話関係者一人ひとりが自覚を高め、自立向上の意欲を持って対応していくことが強く期待される。
(1) 就労対策と産業の振興
就労の状況は、従業上の地位、従業先の企業規模、常雇用の増加等就業実態は改善されてきており、若年層ほどその傾向は顕著となっているものの、中高年齢層を中心とした就労状況は不安定就労が全国平均と比べると格差がある。また、就職差別につながるおそれのある事象も昭和60年当時より減少してはいるものの最近では横ばいの状況にある。
同和地区の産業の特色としては、一般地域に比べ建設業、小売業、繊維業、皮革業、木竹業等の業種のウエイトが高く、小規模零細企業が多い。これまでの対策によって一定の改善はみられるが、人手不足、貿易の自由化の進展など厳しい状況になっている。また、農業については、一般地域の農家と同様、農家の減少、大規模農家と小規模農家の二極化傾向等がみられる。同和地区の農家は、一般地域の農家に比べ耕地面積が小さく、農産物販売額も低い状態になっている。
同和関係者の就労については、労働力需給関係の逼迫に伴い引き続き改善されると見込まれるものの、より安定した就労ができるよう、学力の向上、技能の習得等を推進していくことが重要である。また、同和関係者の就職の機会均等を確保するため、企業に対して応募者の適正と能力のみに基づく公正な採用・選考システムを確立するよう、啓発、指導に一層取り組んでいくことが大切である。
産業の振興については、産業構造の高度化、消費者ニーズの変化等に対応する必要があるが、全般的に環境は厳しさを増すとみられ、これらの環境変化への円滑な対応を検討する必要がある。また、同和地区の農林漁業については、地域での就労機会の拡大を図りつつ、施設型農業経営への移行や協業化等を進め、地域全体として農林漁業に取り組む意欲の向上を図ることを検討すべきである。
(2) 心理的差別と啓発及び教育
心理的差別の解消は、同和関係者と一般住民との婚姻の増加がみられるなど改善の方向にあるものの、結婚や就職などに関連した差別事象が依然としてみられ、十分な状況とはいい難い。
同和問題が国民的課題であるという趣旨は、国民の一人ひとりが本問題に主体的に取り組むことによって初めてその最終的な解決が可能となるということであるが、現状では、必ずしも国民的課題として普遍化しているとはいえない。
国際的に人権尊重思想が普及する中で、心理的差別の解消に向けて努力を重ねていくことが以前にも増して重要となっている。このため、改めて創意工夫を凝らして、啓発活動をより積極的に推進していくよう努めるべきである。
昭和62年に設立された財団法人地域改善啓発センターは、設立当初の目的を十分果たしているとはいえない状況にある。今後啓発活動の重要性が高まる中で、同センターの機能の充実、組織の整備、財政基盤の確立等に努める必要がある。このため、地方公共団体や企業等に対しては主体的な参加を、民間運動団体には協力をそれぞれ求めるとともに、これら関係団体の協力が得られる方途を講じるなど同センターの活性化のための環境づくりを行うべきであり、関係者の一層の努力を期待するものである。
また、差別事件について、司法機関や法務局等の人権擁護のための公的機関による中立公正な処理を更に推進するとともに、人権擁護委員を含む人権擁護機関の充実、強化に今度とも努めるべきである。
隣保館は、今後、就労事情の変化等も予想されるので、本来の趣旨に基づき自立のための生活相談等を積極的に行うとともに、地区内外の住民の交流の場等としての役割を果たしていくことが期待される。
なお、各省庁間、国と地方公共団体、更には地方公共団体相互の啓発活動に関する情報の交換、連携の強化の一層の推進が必要であろう。
現代社会の中で果たしているマスコミの役割からみて、今後更に正しい知識や情報の提供の機会を増すとともに、同和問題を含めた人権問題に対する積極的な取組みを期待したい。
教育については、心理的差別の解消を図るため、基本的人権尊重の精神を確立すること、学力、就学状況等の教育上の格差を解消すること、教育・文化の水準の向上に努めることを課題として各般の施策を実施している。しかしながら、依然として差別事象が発生しており、また、進学率格差の存在や中退者の発生等がみられるので、学校教育、社会教育のより効果的な推進が必要である。同和教育については、特に大学において人権教育の普及・充実を図ることが望まれる。
3 今後の地域改善対策を適正に推進するための方策
61年意見具申で指摘した4つの今日的課題、すなわち行政の主体性の確立、同和関係者の自立、向上の精神のかん養、えせ同和行為の排除及び同和問題についての自由な意見交換のできる環境づくりは、十分に実をあげているとはいえない状況にあり、今日においても重要な課題である。これらを達成するための努力を惜しんではならない。
また、政府が平成元年1月に実施した「地域改善対策の実施状況等実態把握」の結果によれば、地方公共団体において、事業の見直しの不十分、個人給付的施策における対象者の資格審査の不徹底、公的施設の運営に係る管理規定・事業計画の不備及び特定の民間運動団体による恒常的利用等がみられている。
今後の地域改善対策を円滑に進めていくためには、幅広い国民的コンセンサスを得ることが重要であり、行政施策の公平な適用の観点から主体性をもって行政運営を行うとともに、これまでの行政運営において生じてきた問題点を是正し、適正化に取り組むことが不可欠である。
したがって、行政職員の研修を更に充実するとともに、今後とも、個人給付的事業の資格審査の徹底、住宅新築資金等の返還金の償還率の向上、著しく均衡を失した低家賃の是正、国税の適正な課税の執行、地方税の減免措置の一層の適正化、民間運動団体に対する地方公共団体の補助金等の支出の一層の適正化、公的施設の管理運営の適正化、同和教育と政治運動・社会運動とを明確に区別して推進するという教育の中立性の確保等に努めるほか、行政の監察・監査、会計検査等の機能の一層の活用を積極的に行っていく必要がある。
さらに、地方公共団体のこの問題に対する取組みにはかなりの差が見られるが、この問題の重要性に鑑み、関係各省庁においては、地方公共団体に対する適切な助言・指導を行っていくべきである。
同和問題は憲法に保障された基本的人権の問題であり、21世紀に差別を残してはならないという固い決意をもって、同対審答申の同和問題を一日も早く解決すべきであるという精神を受け継ぎつつ、国、地方公共団体、国民が一体となった取組みに力を尽くすべきである。
世界を挙げて人権問題が強調される中で、国民の人権意識が国際的にも注目を浴びている。国民の一人ひとりが人権問題について一層理解を深め、自らの意識を見つめなおすとともに、自らを啓発していくことが求められている。同和問題の早期解決に向けて、改めて国民的課題としての展開が重要である。
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